2013年「弘前さくらまつり」ポスター
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私はひとり、夜桜見物に来ている。
ソメイヨシノ、天守閣、そして橋の朱が間接照明に交わり幻想を極めている中、
砂利道をさらに歩くと、軒を連ねた露店群が見える。
ジャンボこんにゃく、りんご飴、天津甘栗……
どの店の前にも人ごみができており、10年、20年と使われてきたであろう色とりどりの看板が、私の中のノスタルジーを呼び覚ます。
――そうだ、あの中華そば屋に久々に行ってみよう。
そば屋の親父とは昔からの顔なじみだ。
露店群から少し離れた、祭り期間だというのに人通りの少ない場所に、
その店はあいかわらずひっそりと構えていた。
5年振りか。この店も変わらねえな。
そんな感慨にふけりながら、暖簾を潜り抜けた。
とっさに目が眩んだ。
いや、目が眩んでいるのではない。
景色が真っ白なだけだ。
何なんだここは。
確かに暖簾は潜り抜けた。
真っ白だった景色が、だんだんと鮮明になっていく――

そこはドーム球場だった。
私は打席に立ち、相手投手と正対している。
投手がボールを投げる。
ボールが手元で変化する。
夢中で喰らいつく。
打球が、センター前に――
抜けた!抜けたあああああ!!!!!!!
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やがて景色が、中華そば屋に変わった。
目の前にはあのころと変わらない、ボロい中華そば屋のカウンターがある。
あれ……?
なぜか股間が濡れていた。
そば屋の親父は、客がいないことをいいことに、厨房の隅で50代とおぼしき厚化粧の肉感的な女を犯している。
女は恍惚の表情を浮かべている。
ついさっきまで幻と現実の狭間を彷徨っていた私は、ふらふらとカウンターに座った。
椅子を引いたらガタッと音がして、親父はビクッとしてこちらを振り向いた。
「なんだ、お前か」
そして、また元の体制に戻り女を犯し始めた。
「親父ィ、あのさ」
親父は一心不乱に女を犯している。私は構わず話を続けた。
「俺、いまドーム行ってきたよ」
親父の動きが止まった。
女は既に果てている。
しばらくしてゆっくりと振り向いた親父の目が、心なしか潤んでいた。
店内には、新沼謙治の津軽恋女が流れている。
こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪
みず雪 かた雪
そして春待つ氷雪が降ったころ、親父が重い口を開いた。
「アメリカに行ったのか」
親父にとってドーム球場は、アメリカと同じくらい憧れの場所だった。
「たったいま暖簾を潜り抜けたと思ったら、そこはドーム球場で、俺は打席に立っていたんだ」
私は自分に起こったことをありのままに話した。
「……幻を見たのか」
「ああ」
昔からこの店の暖簾を潜ると、不思議なことが起こった。
渋谷で黒服に取り囲まれたり、ボール投げたら骨折したり、クラブで別室に連れて行かれて勘定払えといわれたり。
そしてそこで見た幻のすべてが実際に起こった。
そう、ここは地図に無い場所。時空の狭間に建つラーメン屋。
さっき見た幻は、めずらしく悪くはなかった。
親父は全てを察したのか、厨房の奥から何やら巻き物を取り出し、私に差し出した。
「俺の果たせなかった夢を、お前に託す」
「親父……?」
その意外な言葉に、私の胸は熱くなった。
私はその巻き物を受け取り、目の前に広げた。そこには力強く、こう書かれていた。
勇気・友情・闘志
「コロコロコミックじゃねーか……」
私は、軽蔑を込めた視線を親父に向けた。
親父は再び私に背中を向け、「デヤー」と叫びながら再び女を犯し、ファイナルファイトモードに入った。
まあいい。
去年の10月28日、約半年間続いたリーグ戦を勝ち抜いてプレーオフに進んだ私達は、埼玉地区代表のチームに5-3であっけなく負けてシーズンを終えた。
いけるいける、まだチャンスあるよ。
相手のピッチャーぜったいバテるから。
そんなことを言っている間に、ズルズルと試合は進み、結局負けた。
ドーム球場で行われる決勝戦進出まで、あと2勝だった。
試合後、選手達は口々に
「来年こそは勝ちたい」
「もっと守備がうまくなりたい」
「悔しい」
「監督、来年もこの大会出よう」
私は返答を濁した。
疲れていた。頭を冷やしたかった。
ゆっくり考えて、年が明けて、
結局今年も、同じこの大会に出ようと決意した。
1点だけ気がかりな点がある。
みんなの気持ちは、あの時の、
去年の10月28日のままだろうか。
時間とともに色褪せていないだろうか。
感極まった親父が叫んでいる。
「ニューヨークヘイキタイカ!」
女は吐息交じりの声を出しながら、遠くを見つめている。
親父は若いな。
そう思ったとき、はっとした。
熱くなったっていいじゃないか。
私はカウンターを立ち、コップに入った水を一気に飲み干して、
「ああ、行きたいさ」
絡み合う熟れた身体にそう告げて、店を後にした。
さて、りんご飴でも買って帰るか。
私はひんやりとした夜風に吹かれながら、夢のアメリカへと続く砂利道を歩き始めた。