2013/05/24

No.87 リベンジ突撃取材!YASUHIRO主将 vs 敏腕女性記者



――早いものね。あのインタビューから、もう2か月もたったなんて 



マスコミを取り巻く複雑な人間模様の中、情報の源流を辿り、いろんな男と寝て、死に物狂いで勝ち取った、YASUHIRO主将への独占インタビュー。

この記事が誌面を飾れば、記録的な発行部数は間違いなかったわ。

だから、この社運の掛かったイベントに、あたしは、半年の準備期間をかけて臨んだの。

この仕事がひと段落したら、休暇をとって、海外旅行にでも行って……
 

それだけを励みにしてた。



でも、あたしは失敗した。


気づいたときは病院のベッドの上だったわ。

病院に運ばれたとき、あたしは朦朧(もうろう)としながら、ずっと「エクスタシー…エクスタシー…」って、うわごとを繰り返してたんですって。

そんな状態が三日三晩続いたんですって。


あたしにとっては、失敗であり、失態でもあったわ。

あのとき行方不明になったボイスレコーダーは、どこにあるのかしら。


---☆☆☆


退院したのぶ子は、頃合いを見計らって、顔見知りの記者をホテルに呼んだ。

そして、得意の肉弾接待で、とある極秘情報を入手した。


【練習試合】
・銀河系アヴァンギャルズ vs MOTOWN
・5月26日(日)午前10時~
・外濠公園野球場(JR四谷駅近く)



アヴァンギャルズの試合予定は、パニックを避けるために、幾重にも張り巡らされたセキュリティ環境の中、自衛隊の軍事機密と同水準で保護されている。


――こうなったら、会社を通さず、直撃取材よ。
 

スカートのホックをかけながらそう決心したのぶ子は、昨夜抱かれた男が起きる前に、そそくさと部屋を出た。
 

---☆☆☆


四谷のグラウンドに着くと、銀アの面々が試合前のアップをしていた。


まずはキャッチボールをしているアベ選手に、のぶ子はさっそく取材を敢行した。




 
「近頃、日本経済の復活のため、アベさんが、キャッチャーにコンバートするという噂が上っています」

確かにぼくが捕手をして、安倍政権が保守として政治を動かすことが、本当の意味でのアベのミックス(アベノミクス)であることは間違いないよね

 

もはや、このアベ選手の発言だけで株価が動く。やはり銀アのまわりにはスクープが、いや、金が落ちている。

のぶ子は取材のついでに、アベ選手からサインをもらった。
 

小文字の筆記体でabeと書かれたサインが、アニエスベーの企業ロゴのモチーフになったといわれている。

 


やがて遠目に、あのYASUHIROが見えた。





彼は、アップを終えると、ひとりグラウンドの石ころを拾ったり、相手ベンチの前に落ちている吸い殻を拾いはじめた。


それがひと段落したと思いきや、今度はグラウンドの外に出て、空き缶やごみを拾っている。
 

なぜスター自ら、そんな裏方作業をしているのか、のぶ子には疑問だった。
 

――あなたのまわりには、ごみじゃなくて、金が落ちてるのよ。

面と向かって、そう言ってやりたかった。


 

意を決して、のぶ子はYASUHIROの近くに駆け寄った。

「スターなのに、進んでごみを拾うなんて」

YASUHIROが振り向くと、のぶ子と目が合った。





 

その視線のレーザービームに思わず胸騒ぎがしたのぶ子は、一瞬目をそらし呼吸を整えた。
 

YASUHIROは穏やかな笑みをたたえながら、こう言った。

「僕がスターなのは、ごみを拾っているからだよ」

「?」
 

相変わらず、難しいことを言う人だ。

 

「いや、別にごみを拾わなくても、YASUHIRO選手はスターですよ」
 

「そうじゃないんだ」
 

「なにか深い理由があるんですか?」


きみ、そんなこと――。



  


――言えないよ。


のぶ子はとっさに両拳を握りしめ、その場に倒れないように歯を食いしばった。

2か月前のインタビューでは、ここから混乱がはじまっている。


同じ失敗はしない。

 
YASUHIROの口から繰り出される、「エキゾチック」とか、「野蛮な太陽」とか、それら単語のひとつひとつにのぶ子はよろめきながらも、質問を重ねた。

そして最後にYASUHIROが「よろしく哀愁」と言って、決死の突撃取材は終わった


なんとか失神することなく耐え抜いた。ポケットの中のボイスレコーダーも無事だ。

きょうは日曜だけど、これから会社に行って、一気に記事を仕上げたい。この業界はスピードが命よ。

これで2か月前の失敗を取り返せる。

のぶ子がその場を去ろうとしたそのとき、


――スターなのは、ごみを拾っているからだよ


ふと、のぶ子の中で、あの台詞が気になった。

それ以上、気にしなければよかったのかもしれない。



――スターなのは、ごみを拾っているからだよ
 


のぶ子の頭の中で、YASUHIROの声が反響しはじめた。


――ごみを拾っているからだよ

――ごみを拾って――


のぶ子の視界がぐるぐる回りはじめた。

「やめて」
 
両耳を手でふさいだが、もう遅い。

ごみを拾う ごみ拾う ごみひろう

ごみ拾う ごみ拾う ごみひろう

YASUHIROの声が、のぶ子の中で繰り返し反響する。
 
「やめてったら!」

交錯するレーザービームのような声が、ある一点に収束しながら、ボリュームを上げていく。

ごみひろう ごみひろう ごみひろう

「ほんとに、やめて!」

地鳴りのような耳鳴りに包まれながら

――え。

のぶ子は気づいてしまう

――ちょっと待って。

すべてが罠だったことに

――これって。

ごみひろう ごみひろう ごみひろう


――ごみひろう、やすひろ。
 


その瞬間、あの顔がフラッシュバックて、こう言った


 
――ひろみ、やすひろ。





全てがつながった瞬間、のぶ子はまたしても膝から崩れ落ちた。









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