2013/03/18
No.73 銀河系ニュースリニューアル記念、YASUHIRO主将の独占インタビュー
――目の前に、あの銀河系アヴァンギャルズのYASUHIROがいる
女性記者のぶ子は、昨晩緊張のあまり寝付けなかった。
落ちついて、大丈夫。
この日にむけて、半年前から準備してきた。だから大丈夫。
マスコミは汚い世界よ。
いろんな男と寝たわ。
だって上司の命令だったんですもの。
社運が掛かってるって言われたんですもの。
涙なんて流してられなかったわ。
死にもの狂いだったの。そしてやっと半年前に、うちの会社が独占インタビュー権を勝ち獲ったのよ。
感無量だわ。目の前にあのYASUHIROがいる。
いけない。感傷に浸ってる暇はないわ。確保できたインタビュー時間は3分。あと2分40杪しかない。
落ちついて、大丈夫。
のぶ子は1つめの質問を、ゆっくりと、そして確実に読み上げた。
「今シーズン、既に4試合登板していますが、投手としての手応えを教えてください」
――毎試合勉強、毎試合反省、そして毎試合バックを守ってくれるみんなに感謝さ。まだまだ制球が課題だね。テンポのいい投球を心掛けてるよ。
スタープレイヤーほど謙虚であるという。
のぶ子は、テーブルの上に置いたACレコーダーに目を向け、録音中のランプがついていることを確認し、2つめの質問に移った。
「マウンドでは、どんな心境ですか?」
――人生には3つの坂がある。そう、「上り坂」「下り坂」「まさか」ってね。僕が投げる試合は「まさか」の連続さ。だから気分はいつも絶体絶命だよ。
――何て独特な表現なんだ。
のぶ子は、目の前にいる怪物からいったん目を逸らした。
いったん落ち着いたかにみえた緊張の高ぶりは、もはや止めようがなかった。
大丈夫。相手も同じ人間よ。そう言い聞かせ、次の質問を読み上げる。
「あの天文学的な防御率の数値についてお伺いしたいのですが」
きみ、そんなこと――
「えっ」
――言えないよ。
好きだなんて。
郷ひろみの狂おしい名曲が頭をよぎり、一瞬、目の前に銀河が広がった。
蒼白になる顔、汗ばむ背中、遠のいていく意識。
失神しかけた自分に、もう一人の自分が喝を入れた。
――もう負けるのか?
――この半年間、いや、もっと前から苦しかったんだろ?
――社運が掛かってるんだぞ?
――いろんな男と寝たんだろ?
――仕事のために、女捨てたんだろ!?
のぶ子は自分を取り戻した。あらかじめセットしてあるタイマーの表示を見る。
残り30秒。
もはや迷いは無かった。死んでもこのインタビューをやり遂げる。その一心で、最後の質問に移った。
「それでは最後の質問です。YASUHIRO主将にとって、草野球とは何ですか?」
――夢を追いかけるファンタジーであり、生きているというリアリティであり、そして何より――
「何より?」
――エクスタシーだね。
のぶ子は膝から崩れ落ちた。
その瞬間、すべての緊張を解き放つように、タイマーが鳴った。
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