2013/03/19
No.74 2013年度 気になる賞レースの行方は
般若の面を被った大柄な男が、賭博場へ討ち入った。
「――お滝はどこだ」
けたたましく響く丁半の声が止み、薄暗い賭博場にたむろする薄汚い浪人や悪徳商人が、突然の来訪者を睨み付けた。
賭博場の奥に親玉であるのぶ兵衛が鎮座している。
のぶ兵衛は般若の面の男に向けて、あの小娘のことか、と鼻で笑うように言った。
「かまわん。連れてこい」
のぶ兵衛が下人に指示すると、手鎖につながれたままのお滝が、その変わり果てた姿を現した。
「お滝っ」
般若の面の向こうで、唇が怒りに震えた。
のぶ兵衛は持っていた赤い盃(さかずき)に手酌で酒を注ぎ、それを一気に飲み干すと、板の間に勢いよく盃を投げ捨てた。
「わしは武力での解決は好まん。この小娘を返して欲しければ、わしの質問に答えてみろ」
般若の面の男はやむなく、抜いていた刀をおとなしく鞘(さや)に収めた。
のぶ兵衛は、突然現れた来訪者の、その聞き分けの良い態度に不気味さを感じ、群衆に向けて目配せをした。
――始末しておいたほうがよかろう。
先程まで博打に盛り上がっていた群衆の眼に、殺気が走る。
じめじめとした賭博場のむせ返るような臭気の中、のぶ兵衛の口が重く開いた。
「では1問目」
群衆はごくりと息を呑み、そして固唾(かたず)を呑んだ。
「開幕から5試合のオープン戦を消化した銀河系アヴァンギャルズだが、いま現在――」
突然、のぶ兵衛の目がくわっと見開いた。
「最多安打と打点王の2冠は、誰!?」
その瞬間、群衆が一斉に般若の面の男に襲い掛かった。
あぶないっ!
お滝が叫んだ時、どこからともなく赤い光が瞬き、群衆は皆その場に倒れた。
――孝之丞(たかのじょう)、参上。
「助太刀致す」
「かたじけない」
倒れた群衆は皆ぴくりとも動かない。孝之丞の一閃に息絶えたようだ。
のぶ兵衛は思わず舌打ちをした。
――ここで打撃2冠(安打数6、打点9)の孝之丞が助太刀とは、分が悪い。
般若の面の男と孝之丞は、鋭い剣先をのぶ兵衛に向けながら、正眼の構えのままじりじりと詰め寄った。
板の間に賽子(さいころ)が散乱している。
のぶ兵衛は足元の賽子を拾い、孝之丞に向けて投げつけた。
孝之丞はとっさに刀を振り下ろし、賽子を斬った。スローモーションのように粉々に割れる賽子の中から、小さな鉛(なまり)が落ちた。
刹那、のぶ兵衛はお滝の襟首を引っ掴み、その喉元に短刀を据えた。
「それ以上近づいてみろ。この小娘がどうなるかわかっているのか」
――卑怯な
その時、どこからかシュルルルという音が聞こえた。飛んできた白いお手玉はのぶ兵衛の右手をはじき、床に短刀が落ちた。
お滝はのぶ兵衛の腕を振り払い、辛うじてその場から逃げた。
「おのれ、なにやつ」
――たゆまぬ肉体鍛錬と
「だれじゃ、どこにおる」
――いつかは絶対ネオヒルズ
「なにっ」
――そう、我こそが東京砂漠に咲く、一輪の薔薇
「まさか、六本木の光一!?」
ここまで8イニングを投げて防御率1.75――
――万事休すか。
のぶ兵衛は天を仰いだ。
板の間に転がる鉛を見て、孝之丞は吐き捨てるように言った。
「貴様等、いかさま賭博か」
「悪いか」
「か弱い町娘をもて遊び、生き延びるために女を盾にし、あげくの果てにはいかさま賭博。この悪行三昧、見逃しておけぬ」
孝之丞がそう言った後、隣にいた般若の面の男が突然、扇子を持ってゆったりと舞を踊り始めた。
――こたびの敵は河川敷にあり。相手にとって不足は無し――
どこからともなく三味線の音が鳴った。
――この世はまさしく下剋上、夢幻(ゆめまぼろし)の合戦絵巻――
三味線の音が近づく。近づくほど、音色が激しくなる。
――敵が繰り出す白鞠(しろまり)目掛け、一太刀、二太刀、三の太刀――
ベンベンベベンベンベンベンベベン
――燃ゆる芝生で大立ち回り――
ベンベンベンベベンベンベンベンベンベベンベンベンベンベンベベンベン ベンベンベンベベンベンベンベンベンベベンベンベンベンベンベベンベン
――死して屍(しかばね)拾う者無し。
男がくるりと回り、鮮やかに般若の面を脱ぎ捨てた瞬間、三味線の音が止んだ。
男の素顔を見たのぶ兵衛は 、首位打者(.800)と本塁打王の――
もうひとりの2冠王がいたことを思い出した。
「り、りょうえ――」
のぶ兵衛が名前を呼び終える前に、亮右衛門のスイングが標的を捉えた。
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