2013/03/22
No.75 YOSUKEのファッションチェック
乾いた金属バットの音が鳴った。
同時に、俺に向かって飛んできた大飛球は、澄んだ青空の引力に吸い込まれるように滑らかな軌道を描く。
ブラスバンドの演奏を背に、白球を追いかける。
めいっぱい伸ばしたグラブに打球が納まると、たちまち俺は大歓声に包まれた。
「ナイスキャーッチ!」
「いいぞようすけー!」
背中で一身に浴びる歓声の中、かすかに、
「ようすけがんばれ」
あの子の声が聞こえたような、気がした。
-----☆★☆
部屋のリビングにぽつんと置かれた写真立て。
最後の夏、県予選で負けた後、球場の前で撮った集合写真。
あの時の悔しさも、辛かった練習も、主将として悩んだ日々も、
泣きはらした顔で精一杯つくった笑顔と一緒に、写真の中に閉じ込めてある。
テレビはくだらない深夜番組を垂れ流していた。
色とりどりのバナー広告を映すパソコンのモニターを眺めながら、眠い目をこする。
こだわりの検索条件で、何度も何度も絞り込んで、
物欲の渦に、深く深く飲み込まれて、
俺はだんだんと、夜の魔法にかけられる。
モニターの中に、2つの商品だけが残った。
ミズノプロとアンダーアーマー
硬派な自分と、ミーハーな自分との間で、
俺は少しだけ楽天を憎んだ。
究極の選択だった。
充血する目の奥に、対照的な2つのブランドの商品が映る。
考え込んでいるうちに、時計の針は深夜2時を指していた。
そして俺はアンダーアーマーに決めた。
「この内容で注文する」のアイコンをクリックしようとしたその時、
――高校球児ならミズノプロだろ
えっ
――おまえも変わったな
これは幻聴か
突然、ブラスバンドが奏でる不協和音と、シンバルが割れる音と、試合終了のサイレンの音が交錯して、耳鳴りのように俺を襲った。
あの頃俺を包んでくれた大歓声が、たちまち罵声と怒号に変わった。
耳鳴りはだんだん大きくなって、部屋の壁に反射した罵声が何度も俺を突き刺した。
やめろ、やめてくれ
俺は耳をふさいで、頭を抱えながらその場にうずくまった。
――この軟派野郎
う
――ちゃらちゃら野球やってんじゃねーよ
う、う
――しょせんお前にとって、野球はファッションか
「うるせえっ!」
俺は罵声を振り払うようにアイコンをクリックし、注文を確定させた。
その瞬間、耳鳴りは止んだ。
――俺だって変わったんだ。
バーチャルでリアルな取引が完結し、しんと静まり返った部屋の真ん中で、俺はぽつんと膝を抱えて座った。
明後日あたり届くかな。不在票が入るだろうな。再配達してもらうのはいつがいいかな。
どうでもいい思いを巡らせながら、自分をごまかした。
しばらくすると、涙がとまらなくなった。
過去を捨てたような気がした。
青春に泥を塗ったような気がした。
座布団を抱えながら、声をつまらせて、むせび泣いた。
みんな、ごめん
あのとき、俺に歓声をくれたみんな、ごめん
そう心の中で何度もつぶやきながら、座布団にうずめた顔を上げようとしたその瞬間、
「ようすけがんばれ」
背中越しにあの子の声が、聞こえた。
はっとして振り返った視線の先に、あの集合写真があった。
しばらく写真から目を離せないでいると、どこからかみんなの声が聞こえた。
――しっかりしろよ主将!
――かっこいいじゃねえか、そのアンダーアーマー!
――アヴァンギャルズ応援してるぞ!
俺は涙を拭いた。
そして写真の中の、泣きはらした顔で精一杯つくったみんなの笑顔に、同じように泣きはらした顔で微笑み返しながら、
「俺、あん時のままだから」
そう言って、パソコンの電源を落とし、布団に入った。
さあ、今週末は試合だ。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿