2013/04/03

No.77 公式戦直前 KJ監督の決意


2013年「弘前さくらまつり」ポスター




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私はひとり、夜桜見物に来ている。






ソメイヨシノ、天守閣、そして橋の朱が間接照明に交わり幻想を極めている中、

砂利道をさらに歩くと、軒を連ねた露店群が見える。






ジャンボこんにゃく、りんご飴、天津甘栗……

どの店の前にも人ごみができており、10年、20年と使われてきたであろう色とりどりの看板が、私の中のノスタルジーを呼び覚ます。








――そうだ、あの中華そば屋に久々に行ってみよう。




そば屋の親父とは昔からの顔なじみだ。


露店群から少し離れた、祭り期間だというのに人通りの少ない場所に、

その店はあいかわらずひっそりと構えていた。

5年振りか。この店も変わらねえな。

そんな感慨にふけりながら、暖簾を潜り抜けた。



とっさに目が眩んだ。

いや、目が眩んでいるのではない。

景色が真っ白なだけだ。



何なんだここは。

確かに暖簾は潜り抜けた。


真っ白だった景色が、だんだんと鮮明になっていく――







そこはドーム球場だった。



私は打席に立ち、相手投手と正対している。

投手がボールを投げる。

ボールが手元で変化する。

夢中で喰らいつく。


打球が、センター前に――



抜けた!抜けたあああああ!!!!!!!



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やがて景色が、中華そば屋に変わった。

目の前にはあのころと変わらない、ボロい中華そば屋のカウンターがある。

あれ……?

なぜか股間が濡れていた。



そば屋の親父は、客がいないことをいいことに、厨房の隅で50代とおぼしき厚化粧の肉感的な女を犯している。

女は恍惚の表情を浮かべている。


ついさっきまで幻と現実の狭間を彷徨っていた私は、ふらふらとカウンターに座った。

椅子を引いたらガタッと音がして、親父はビクッとしてこちらを振り向いた。



「なんだ、お前か」

そして、また元の体制に戻り女を犯し始めた。


「親父ィ、あのさ」

親父は一心不乱に女を犯している。私は構わず話を続けた。

「俺、いまドーム行ってきたよ」



親父の動きが止まった。

女は既に果てている。

しばらくしてゆっくりと振り向いた親父の目が、心なしか潤んでいた。

店内には、新沼謙治の津軽恋女が流れている。


こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪

みず雪 かた雪


そして春待つ氷雪が降ったころ、親父が重い口を開いた。


「アメリカに行ったのか」

親父にとってドーム球場は、アメリカと同じくらい憧れの場所だった。



「たったいま暖簾を潜り抜けたと思ったら、そこはドーム球場で、俺は打席に立っていたんだ」

私は自分に起こったことをありのままに話した。


「……幻を見たのか」

「ああ」



昔からこの店の暖簾を潜ると、不思議なことが起こった。


渋谷で黒服に取り囲まれたり、ボール投げたら骨折したり、クラブで別室に連れて行かれて勘定払えといわれたり。


そしてそこで見た幻のすべてが実際に起こった。


そう、ここは地図に無い場所。時空の狭間に建つラーメン屋。


さっき見た幻は、めずらしく悪くはなかった。



親父は全てを察したのか、厨房の奥から何やら巻き物を取り出し、私に差し出した。

「俺の果たせなかった夢を、お前に託す」

「親父……?」

その意外な言葉に、私の胸は熱くなった。

私はその巻き物を受け取り、目の前に広げた。そこには力強く、こう書かれていた。




勇気・友情・闘志




「コロコロコミックじゃねーか……」

私は、軽蔑を込めた視線を親父に向けた。

親父は再び私に背中を向け、「デヤー」と叫びながら再び女を犯し、ファイナルファイトモードに入った。


まあいい。



去年の10月28日、約半年間続いたリーグ戦を勝ち抜いてプレーオフに進んだ私達は、埼玉地区代表のチームに5-3であっけなく負けてシーズンを終えた。


いけるいける、まだチャンスあるよ。
相手のピッチャーぜったいバテるから。


そんなことを言っている間に、ズルズルと試合は進み、結局負けた。

ドーム球場で行われる決勝戦進出まで、あと2勝だった。


試合後、選手達は口々に

「来年こそは勝ちたい」
「もっと守備がうまくなりたい」
「悔しい」

「監督、来年もこの大会出よう」


私は返答を濁した。

疲れていた。頭を冷やしたかった。


ゆっくり考えて、年が明けて、

結局今年も、同じこの大会に出ようと決意した。



1点だけ気がかりな点がある。



みんなの気持ちは、あの時の、

去年の10月28日のままだろうか。

時間とともに色褪せていないだろうか。



感極まった親父が叫んでいる。

「ニューヨークヘイキタイカ!」

女は吐息交じりの声を出しながら、遠くを見つめている。



親父は若いな。

そう思ったとき、はっとした。




熱くなったっていいじゃないか。




私はカウンターを立ち、コップに入った水を一気に飲み干して、


「ああ、行きたいさ」 

絡み合う熟れた身体にそう告げて、店を後にした。



さて、りんご飴でも買って帰るか。


私はひんやりとした夜風に吹かれながら、夢のアメリカへと続く砂利道を歩き始めた。







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