2013年「弘前さくらまつり」ポスター
---☆★☆
私はひとり、夜桜見物に来ている。
ソメイヨシノ、天守閣、そして橋の朱が間接照明に交わり幻想を極めている中、
砂利道をさらに歩くと、軒を連ねた露店群が見える。
ジャンボこんにゃく、りんご飴、天津甘栗……
どの店の前にも人ごみができており、10年、20年と使われてきたであろう色とりどりの看板が、私の中のノスタルジーを呼び覚ます。
――そうだ、あの中華そば屋に久々に行ってみよう。
そば屋の親父とは昔からの顔なじみだ。
露店群から少し離れた、祭り期間だというのに人通りの少ない場所に、
その店はあいかわらずひっそりと構えていた。
5年振りか。この店も変わらねえな。
そんな感慨にふけりながら、暖簾を潜り抜けた。
とっさに目が眩んだ。
いや、目が眩んでいるのではない。
景色が真っ白なだけだ。
何なんだここは。
確かに暖簾は潜り抜けた。
真っ白だった景色が、だんだんと鮮明になっていく――
そこはドーム球場だった。
私は打席に立ち、相手投手と正対している。
投手がボールを投げる。
ボールが手元で変化する。
夢中で喰らいつく。
打球が、センター前に――
抜けた!抜けたあああああ!!!!!!!
---☆★☆
やがて景色が、中華そば屋に変わった。
目の前にはあのころと変わらない、ボロい中華そば屋のカウンターがある。
あれ……?
なぜか股間が濡れていた。
そば屋の親父は、客がいないことをいいことに、厨房の隅で50代とおぼしき厚化粧の肉感的な女を犯している。
女は恍惚の表情を浮かべている。
ついさっきまで幻と現実の狭間を彷徨っていた私は、ふらふらとカウンターに座った。
椅子を引いたらガタッと音がして、親父はビクッとしてこちらを振り向いた。
「なんだ、お前か」
そして、また元の体制に戻り女を犯し始めた。
「親父ィ、あのさ」
親父は一心不乱に女を犯している。私は構わず話を続けた。
「俺、いまドーム行ってきたよ」
親父の動きが止まった。
女は既に果てている。
しばらくしてゆっくりと振り向いた親父の目が、心なしか潤んでいた。
店内には、新沼謙治の津軽恋女が流れている。
こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪
みず雪 かた雪
そして春待つ氷雪が降ったころ、親父が重い口を開いた。
「アメリカに行ったのか」
親父にとってドーム球場は、アメリカと同じくらい憧れの場所だった。
「たったいま暖簾を潜り抜けたと思ったら、そこはドーム球場で、俺は打席に立っていたんだ」
私は自分に起こったことをありのままに話した。
私は打席に立ち、相手投手と正対している。
投手がボールを投げる。
ボールが手元で変化する。
夢中で喰らいつく。
打球が、センター前に――
抜けた!抜けたあああああ!!!!!!!
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やがて景色が、中華そば屋に変わった。
目の前にはあのころと変わらない、ボロい中華そば屋のカウンターがある。
あれ……?
なぜか股間が濡れていた。
そば屋の親父は、客がいないことをいいことに、厨房の隅で50代とおぼしき厚化粧の肉感的な女を犯している。
女は恍惚の表情を浮かべている。
ついさっきまで幻と現実の狭間を彷徨っていた私は、ふらふらとカウンターに座った。
椅子を引いたらガタッと音がして、親父はビクッとしてこちらを振り向いた。
「なんだ、お前か」
そして、また元の体制に戻り女を犯し始めた。
「親父ィ、あのさ」
親父は一心不乱に女を犯している。私は構わず話を続けた。
「俺、いまドーム行ってきたよ」
親父の動きが止まった。
女は既に果てている。
しばらくしてゆっくりと振り向いた親父の目が、心なしか潤んでいた。
店内には、新沼謙治の津軽恋女が流れている。
こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪
みず雪 かた雪
そして春待つ氷雪が降ったころ、親父が重い口を開いた。
「アメリカに行ったのか」
親父にとってドーム球場は、アメリカと同じくらい憧れの場所だった。
「たったいま暖簾を潜り抜けたと思ったら、そこはドーム球場で、俺は打席に立っていたんだ」
私は自分に起こったことをありのままに話した。
「……幻を見たのか」
「ああ」
昔からこの店の暖簾を潜ると、不思議なことが起こった。
渋谷で黒服に取り囲まれたり、ボール投げたら骨折したり、クラブで別室に連れて行かれて勘定払えといわれたり。
そしてそこで見た幻のすべてが実際に起こった。
そう、ここは地図に無い場所。時空の狭間に建つラーメン屋。
さっき見た幻は、めずらしく悪くはなかった。
親父は全てを察したのか、厨房の奥から何やら巻き物を取り出し、私に差し出した。
「俺の果たせなかった夢を、お前に託す」
「親父……?」
その意外な言葉に、私の胸は熱くなった。
私はその巻き物を受け取り、目の前に広げた。そこには力強く、こう書かれていた。
勇気・友情・闘志
「コロコロコミックじゃねーか……」
私は、軽蔑を込めた視線を親父に向けた。
親父は再び私に背中を向け、「デヤー」と叫びながら再び女を犯し、ファイナルファイトモードに入った。
まあいい。
去年の10月28日、約半年間続いたリーグ戦を勝ち抜いてプレーオフに進んだ私達は、埼玉地区代表のチームに5-3であっけなく負けてシーズンを終えた。
いけるいける、まだチャンスあるよ。
相手のピッチャーぜったいバテるから。
そんなことを言っている間に、ズルズルと試合は進み、結局負けた。
ドーム球場で行われる決勝戦進出まで、あと2勝だった。
「ああ」
昔からこの店の暖簾を潜ると、不思議なことが起こった。
渋谷で黒服に取り囲まれたり、ボール投げたら骨折したり、クラブで別室に連れて行かれて勘定払えといわれたり。
そしてそこで見た幻のすべてが実際に起こった。
そう、ここは地図に無い場所。時空の狭間に建つラーメン屋。
さっき見た幻は、めずらしく悪くはなかった。
親父は全てを察したのか、厨房の奥から何やら巻き物を取り出し、私に差し出した。
「俺の果たせなかった夢を、お前に託す」
「親父……?」
その意外な言葉に、私の胸は熱くなった。
私はその巻き物を受け取り、目の前に広げた。そこには力強く、こう書かれていた。
勇気・友情・闘志
「コロコロコミックじゃねーか……」
私は、軽蔑を込めた視線を親父に向けた。
親父は再び私に背中を向け、「デヤー」と叫びながら再び女を犯し、ファイナルファイトモードに入った。
まあいい。
去年の10月28日、約半年間続いたリーグ戦を勝ち抜いてプレーオフに進んだ私達は、埼玉地区代表のチームに5-3であっけなく負けてシーズンを終えた。
いけるいける、まだチャンスあるよ。
相手のピッチャーぜったいバテるから。
そんなことを言っている間に、ズルズルと試合は進み、結局負けた。
ドーム球場で行われる決勝戦進出まで、あと2勝だった。
試合後、選手達は口々に
「来年こそは勝ちたい」
「もっと守備がうまくなりたい」
「悔しい」
「監督、来年もこの大会出よう」
私は返答を濁した。
疲れていた。頭を冷やしたかった。
ゆっくり考えて、年が明けて、
結局今年も、同じこの大会に出ようと決意した。
1点だけ気がかりな点がある。
みんなの気持ちは、あの時の、
去年の10月28日のままだろうか。
時間とともに色褪せていないだろうか。
感極まった親父が叫んでいる。
「ニューヨークヘイキタイカ!」
女は吐息交じりの声を出しながら、遠くを見つめている。
親父は若いな。
そう思ったとき、はっとした。
熱くなったっていいじゃないか。
私はカウンターを立ち、コップに入った水を一気に飲み干して、
「ああ、行きたいさ」
絡み合う熟れた身体にそう告げて、店を後にした。
さて、りんご飴でも買って帰るか。
「監督、来年もこの大会出よう」
私は返答を濁した。
疲れていた。頭を冷やしたかった。
ゆっくり考えて、年が明けて、
結局今年も、同じこの大会に出ようと決意した。
1点だけ気がかりな点がある。
みんなの気持ちは、あの時の、
去年の10月28日のままだろうか。
時間とともに色褪せていないだろうか。
感極まった親父が叫んでいる。
「ニューヨークヘイキタイカ!」
女は吐息交じりの声を出しながら、遠くを見つめている。
親父は若いな。
そう思ったとき、はっとした。
熱くなったっていいじゃないか。
私はカウンターを立ち、コップに入った水を一気に飲み干して、
「ああ、行きたいさ」
絡み合う熟れた身体にそう告げて、店を後にした。
さて、りんご飴でも買って帰るか。
私はひんやりとした夜風に吹かれながら、夢のアメリカへと続く砂利道を歩き始めた。
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